私のプロフィール


     

昭和24年 小豆島 生まれ

現住所 兵庫県 明石市
18歳で、あこがれの神戸へ出て就職
入社以来一筋に35年過ぎました。
趣味 釣り カラオケ パソコン
5人家族 3人とも自立して
現在は、家内と2人暮らし

ホームページは、定年後の趣味として広げて行きたい。 今からやっておかないと、定年になってからでは脳がついてこない。 パソコンは老後のボケ防止にと始めたが、今でもきつい部分がある。 今ならまだ何とか乗り越えれそうな気がする。 H.P は、これからもずっとメモ帳のみで書いて行きたい。 今度はこんなことをやってみようという意欲を持ち続けたい。 意欲があるうちは新しいことでも取り入れられると信じている。 私の故郷 小豆島について
オリーブの島 小豆島として有名です。 壷井栄の二十四の瞳が映画化されました。 小豆島の丸金醤油は、日本一美味しいが流通面で少し弱いため このあたりの店頭では、あまり見かけないのが残念です。 小豆島のそうめんは、これもやはり日本一です。 これからの季節には欠かせない食材です。 小豆島バスの運賃の高さも日本一です ? 自家用車の激増に加え、島内の人口減がよりいっそうの料金高に 拍車が掛かったものと思われます。 良質の石があり、島内のあちこちに採石場があります。 豊臣秀吉が築いた大阪城の基礎、塀などは小豆島の石です。 弘法大師で有名な霊場も多くあり、お遍路さんがよく訪れます。 世界一狭い海峡があります。 海峡の定義とは・・・・・ 海峡を定義づけするとすれば 陸地と陸地に挟まれた海ということになるのでしょうが イギリスのギネス社に三度の挑戦で、1996年に ついに[世界一狭い海峡]として認められたものです。 土庄と渕崎の地名をとって土渕海峡と呼ばれています。 役場へ行くと【世界一狭い海峡の横断証明書】がもらえます。 エンジェルロード 潮が引いたときには渡れますが、若い二人が手をつないで ここを渡ると、将来二人は結ばれるといわれています。 知る人ぞ知る、釣りの穴場はなんといっても小豆島です。 オリーブに象徴されるように平和の島です。 悪い事をしても逃げられません ! すぐに港を押さえられます。(笑) 事件が起こらないので、 これまた日本一暇な警察官がいるところかも(笑) 小豆島へ行かれる方は、くれぐれも安全運転でお願いします。 良い思い出を残す為にも、寝ている警察官を起こさない為にも(笑) 旅行などで小豆島へ行った方は記憶に残っていると思いますが 島めぐりで小豆島観光バスに乗ると、 バスガイドさんから半強制的に ?覚えさせられる歌が有ります。 それが小豆島の「オリーブの歌」です。 作詞作曲ともに有名なプロの先生によるものです。 唄いやすく覚えやすく、非常に心に残る歌です。 著作権の問題が発生しますので、公開できないのが残念です。 よき思い出に一度は、行ってみて下さい。 私は、数年後には Uターンの予定ですが 小豆島は非常にいいところです。2002/12/12 2007/12/31付けで41年余勤めた会社を退職 生まれ故郷の小豆島にUターン。 退職後 Uターンの大きな理由は 長年続いたこの家を、自分の代で潰したらご先祖様に申し訳ない 子供達はどうするかわからないけれど、せめて自分はこの家を守らなければ それにご先祖様と仏様をほっとけない 墓もほっとけない 家内とともにこの地で楽しく生活する決意 自分たちにあったスタイルへと少しずつ片付けと改造 山林になってしまった畑を元に戻す作業 戻ってきた時からお世話になっている地域への奉仕作業 などなど脳がゆっくりとしている暇がありません おかげでボケる心配は当分なさそうです。
時が過ぎゆくのは、早いものです













あれこれしているうちに


あれから19年過ぎました




76楽しい時が過ぎゆくものはあっという間のことでした。
この地で楽しい事はいっぱいありました。
いろんな人が来てくれて、一緒にカラオケをしてくれたりアルコールが入って昔話に花を咲かせたりみんなで集まって地区の掃除をしたり、けど半分は雑談だったりして野菜をつくって、うまく出来て喜び、うまくいかなかったときでも周囲の人が原因を教えてくれて勉強になったりといろんなことをしてみました。立派なシイタケがうまく出来た時の嬉しさはひときわでしたが、これは体力の低下とともに栗の木が重いのでいつまでもは出来なかったけどいい経験をしました。最初うまくいかなかったアスパラが2度目にやった時はうまくいきました。なんのことはない。そこいらあたりの枯葉を入れておけば翌年にはありがたいことにしっかり出てくれます。最初はうまくいっていてもうまくいかなくなることもありました。イノシシに目を付けられて、家から少し離れた畑では対策が難しく囲いをしていた周囲の網をくぐって3匹も入っていて逃げまどっているイノシシに危険を感じたので断念したりといい経験をしました。キウイが思いのほかうまくいったのですが、かなり体力が落ちてきており収穫出来るようになってから、残念ながらこの地を離れることになりました。家内の体調に異常が発生して島での対応が難しく都会で診てもらっていましたがそのうちに私の方にも異常が出始めて、車に乗るのが危険な状態になりはじめました。とっさの時にブレーキじゃなくてアクセルを踏み込んだままの事故、というのはニュースでよく見ますが、これが他人事ではなくて時々ふわーっとなることがあり、明日は我が身と思い まだ、しっかりしているうちに車はやめることにしました。



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